練習久しぶりだ。オグレラです。

日本代表の指導者としての勉強を開始したらしい去年引退した中村憲剛となぜかラクロス部の監督をしているらしいなかざわまさや、違った、ボンバへ中澤が、スペイン一部ビジャレアルで育成に携わっている日本人女性、佐伯夕利子さんと対話しながら「人に教える、人を育てるとはどうすべきか」という命題を討論していた。中々に興味深かった。

ビジャレアルでの教え方に関しては詳しくは佐伯夕利子さんの本「教えないスキル」を購入して読んでみるつもりなのでここには書かないが、読めば恐らく野球界が抱える闇が浮き彫りになるだろうなという印象を受けた。

要約を一部抜粋させて貰う。

「教えないスキル」 教えずして人を伸ばす方法です。
私たち大人は、子どもや若者が自分で考える機会を奪っていないでしょうか。萎縮させず、対等な関係性を築いているでしょうか。心地良く自由に学べる環境を与えているでしょうか。

昔からオグレラ、少年野球の怒鳴ってダメ出しコーチする大人が大嫌いだった。絶対的な上から目線と反論も許さない独善的な思考。指導者の方が正しいことが多いのかもしれないが、なんで頭ごなしに言ってくるのか、と友達と近くの空き地で遊びながらあそこには居たくないな、と思っていた。それもあって少年野球をやってみる気がまったく起こらなかったのである。オグレラが野球素人になってしまったのは、そういうコーチ達の責任なのである。

あれは子供をコーチしているのではなく大人の日常の憂さ晴らしを子供にぶつけてスカッとしているだけではないかと小さい頃から思っていたとてもひねた子供だった。でも半分以上正解ではないかと思うけどw

物事を人に教えるのに怒る必要はない。相手が理解できないことに対する苛立ちなのだとすればそれは教える方が噛み砕けていないだけである。それと100%自分が正しいと思い込んで教えることには危うさが常に伴う。誰かにとっての正解が、必ずしも相手にとっての正解とは言えないからだ。だから参考意見として言って欲しい、取り入れたり正解かどうか判断し考えたりする主導権は自分に欲しいと思う。正しいことを言われてそれを取り入れられないのはその人個人の責任なのだからそれでどうなろうと自己責任であるのだから。

オグレラの考え方のスタンスからすると、ビジャレアルでのコーチングの方に共感を感じるので本を買ってみようと思った次第なのである。

別に人になにかを教える立場にあるわけではないが、日本のスポーツ会は先輩後輩、OBOG、学閥と有無を言わさぬ縦社会の掟のようなものがあるような気がする。それはそれで必ずしも悪いことではないのかもしれないが、その構図にどっぷりとはまり染まってしまうとそのシステムに取り込まれて現状に疑問を抱くことが無くなる。それはそう言うものなんだ、という思考停止に陥り無意識に現状を受け入れシステムを継承する駒になる。

ボクはそう言うの合わない派なんで、佐伯さんの本を読んで考え方をぜひ拝見させて貰おうと思う。

それにしても19才で指導者を目指してスペインってどんだけ意欲があるんだよって尊敬するわ。こういう確固たる意思があって道を自力で切り開いていく人間をみていると、生き方の差のようなものを感じて情けなくなるが、ま、こちとらダメ人間だし、無駄に意気消沈してもしょうがない。

あー、本読むの楽しみ。